鼻手術日記

2019年3月25日

高専生時代(1999年)に鼻中隔湾曲症の手術で入院したときに暇すぎて書いた日記。

第1回

幼い頃から鼻炎に悩まされた俺の鼻は、齢19にして既に限界が訪れようとしていた。鼻で呼吸ができないのはもとより、ときおり頭痛が走り、のどが詰まるような意識すらあった。とてつもない不安に襲われた俺は、親に相談してみたのだった。すると母はこう言った。

「そりゃあ、あんた。蓄膿症(ちくのうしょう)だよ。ほっとくと脳まで膿がまわっちゃうんだよ。」

脳までウミがまわる??本当だろうか。本当だとしても親がそんなことを言うべきだろうか。俺の鼻が悪いことを聞きつけた祖母は、俺のいとこに蓄膿症の人間がいるということを打ち明けると共に、

「いとこの****ちゃんは、鼻からバケツ一杯くらいのウミを出したよ。」

と教えてくれた。

結局、「バケツ一杯」は「牛乳ビン一本」の間違いであることが父に聞いてわかった。でもそれでも大量だよなあ。まあそんなことはどうでもいい。とにかく医者に一度見てもらうべきだと痛烈に感じた。でも学校(高専)の試験を休むとまずいから土曜日にした。何だかんだで、どうせ大したことはないんだろう。

土曜になった。家でのんびりMP3を聞いていたら、D病院の受付時間ぎりぎりになってしまった。都営浅草線蔵前駅から走って病院へ駆け込み、なんとかセーフ。耳鼻科の前でボーっと順番を待っていた。結構でかい病院だから待ち時間が長いのだ。看護師さんに呼ばれて診察室に入り、症状を担当のN先生に伝え、早速俺の鼻の穴を調べてもらった。すると、N先生は素早く、

「ああ、これ多分蓄膿だよ。まあレントゲン撮らないとちゃんと判らないけど、多分蓄膿だね。」

と言った。やっぱ蓄膿なんだ。はあ・・・。続けてN先生、

「普通は、薬で治るんだけどね。君は鼻の骨が曲がってて薬じゃあ効かないんだよ。だから、治すには鼻の骨を削る手術をするしかないね。入院の期間?まあ2週間ぐらいだな。今日レントゲンを撮って検査をして、すぐに結果が出るから来週でも親を連れてきなさい。君は鼻の形が悪いんだよなあ。鼻の形が悪いって言われたことない?」

なんと、治すには手術が必要。ショックなことをずばっと言う人だ。しかも鼻の形が悪いとは余計なお世話だ。この日俺は血液を吸い取られ、X線を全身に浴びブルーになり、歩いて家に帰った。近いかと思ったら意外に遠く、すごく疲れた。

俺は親を連れて再びD病院へいった。N先生はレントゲンを取り出し、俺の鼻の骨が明らかに曲がっていることを懸命に説明した。

そしてN先生は、このままだといつ蓄膿になってもおかしくないということを話した。つまり俺はまだ蓄膿ではなかったのだ。しかし俺の鼻状態が最悪なのは何一つ解決していない。この後の人生を、蓄膿爆弾を抱えたこの鼻で過ごすのは非常に辛かろう。俺は手術を受けることを決めた。俺は一番気になる事を聞いた。

俺「その手術って辛いですか?」
N先生「まあ、歯を2、3本抜くぐらいかな?」

歯を2、3本抜く?

うーん微妙なところだな。この日は手術の手続きをし、手術のため再び大量の血液を抜き取られ、X線を浴び、力なく家に帰った。

大学受験を控えたこの春休みに、勉強をすべて終わらせるくらいのやる気を出そうとしていたのに、受験勉強どころでないイベントができてしまった。(高専からの編入試験は7月から8月に行われる。)入院は3月末から4月はじめまでとなった。高専の九州旅行をはさみ、ついに俺は入院の日を迎えた。

第2回

3月28日、俺はD病院に入院した。俺の部屋は病棟の4階。4階は、鼻が悪い人と耳の悪い人とのどが悪い人と泌尿器が悪い人が入院していた。それにしてもなんという縁起の悪い番号だろう。看護婦さんに案内され、俺は病室に向かった。さすがにみんな顔色が悪く、よろよろと点滴のささった腕で歩き回っていた。今に俺もああなるんだ。顔じゅう包帯を巻いている人もいた。あれも鼻関係だろうか。

そしてついに俺はこれからの生活空間である病室にたどりついた。部屋にはベッドが4つ。ベッドは2つ空いており(共に窓際)、俺は適当にベッドを選んだ。俺の隣のベッド(入り口側)には、鼻にわたを詰めた青年、庭野さん(仮名)が寝ていた。そして、その向かい側のベッドには今日入院したらしき人、立花さん(仮名)とその奥さんがいた。2人とも25歳前後のようだ。俺は素早く身の回りの整理をし、身体測定をうけ、やっとベッドに横になった(もうパジャマ姿)。すると隣の庭野さんが、明らかにしゃべりづらそうな声で俺と立花さんに話しかけてきた。

庭野さん「鼻の手術するんですか?」
俺&立花さん「ええ。」
庭野さん「もしかして鼻の骨が曲がってるから削るとか、そういうやつ?」
俺&立花さん「そうです。」
庭野さん「ああ~~~」
俺&立花さん「????」
庭野さん「痛いよー、それ。」

ナニイ!?庭野さんは、それ以上は語らず寝てしまった。暇をもてあました立花さん夫婦は、入院中だというのにどこかへ出かけてしまった。そして病室は庭野さんと俺だけとなった。

俺はさっきの話しが気になって、庭野さんに話しかけた。

俺「歯を、2、3本抜くぐらいの辛さだって聞いたんですけど。」
庭野さん「あー、そんなもんじゃないよ。」

庭野さんは、「奥さんのいるところでは言いにくかったんだけどね。」と言い、俺に鼻手術の辛さを語り始めた。

俺が来る前に、俺の向かい側のベッドに入院していた人(Aさん)がいて、Aさんは俺と同じ手術をしたらしい。彼は手術後3日くらい一言もしゃべらずに、寝つづけていたそうだ。Aさんが、見舞いにきた知人に対してこんなことを言ったらしい。

Aさんの知人「どんくらい痛むの?」
Aさん「そりゃあお前、そうだな。・・・お前、好きな女の芸能人いる?」
Aさんの知人「藤原紀香かなあ。」
Aさん「じゃあ、それでいいや。藤原紀香が裸で看病してくれても集中できないほど、痛い!」

庭野さん自身も、

「看護婦さんが俺のベッドの前で裸踊り始めても、集中できないほど痛い。」

とか、

「500万もらっても、もうやりたくない。」

とか言っていた。(でも1000万ならやるらしい。)どうやら俺の想像を超えた辛い手術らしい。俺はまた怖くなってきた。それにしてもみんな裸が好きだね。

再び眠りにつく前に彼は、

「手術後は自分で動かなくて済むように、ジュースとかテレビカードを買って備えておくといいよ。」

とアドバイスしてくれた。親切な人だ。俺は言われるままにテレビカードを買い、くつろぎ始めた。庭野さんは、目が合うとすぐにイタイイタイ話しをしてくる。

「おどかすつもりはないんだけど、覚悟しといたほうがいいと思うよ。」

は何度も聞いた。

ここで突然ながら、入院患者の1日のスケジュールを書いておく。

7:00         検温   (体温を測る。)
7:30         朝飯   (カロリーが足りない。)
9:00         掃除   (掃除の間は、病室から追い出される。)
10:00        点滴   (下手な看護婦さんだと痛い。)
10:00~11:00 処置   (鼻の診察。痛い。)
12:30        昼飯   (カロリーが足りない。)
14:00        風呂・検温(風呂の入り方を間違えると鼻血が出る。)
18:00        夕飯   (カロリーが足りない。)
19:30        点滴・検温(2度目の点滴。)
15:00~20:00 面会時間 (立花さんは毎日奥さんが来る。)

今日入院の立花さんは、夕飯を食い終えるとおもむろにゲームボーイカラー(ブルー)を取り出し、ゲームを始めた。おお、テトリスDXではないか。しばらくするとカセットを取り替えた。今度はイヤホンで遊んでいる。ん?このボタンのリズムは、ビートマニアGBだ。うれしくなった俺は自分も持っていることを立花さんに伝えた。本体のカラーも同じだ。しかし通信ケーブルがないため、対戦は無理だった。残念。

夜は、電波少年のスペシャル番組をずーっと見ていた。なすびついにゴール。カーテンの向こうから、要所要所でタイミングよく庭野さんの笑い声が聞こえてくる。あっ庭野さんも見てる。こうして手術前の平和な1日が終わった。しかし、庭野氏の一言一言が俺の心を確実に不安にしていった。明日俺はどうなってしまうのか。

第3回

3月29日、俺は朝の検温で目を覚ました。看護婦さんに何か異常はないか聞かれたが、まだ何もしていないので当然異常はない。まあ異常といえば、食事にエネルギーが足りなすぎることぐらいだ。肉は結局出てこなかった。それから、朝飯後は何も口にしないでくれとのこと。

とりあえず朝飯を食べた俺は、月曜だから売店へ週刊少年ジャンプを買いに行った。そこで庭野さんのアドバイスを思い出した俺は、ペットボトルを2本購入した。これで歩く力を失ったとしても水分を補給できる。テレビカードは昨日買ったからまあいいだろう。

病室へ戻ってジャンプを読んでいると、庭野さんが鼻を押さえつつ、「いてー!」と言いながら帰ってきた。どうやら処置の時間だったようだ。彼は手術後4日は経っているはずだが、それでもまだ痛いのか。こわいなあ。庭野さんは鼻にポリープができているらしく、既に3回ほど入院していて、今回は鼻の軟骨をこなごなにするという手術だったらしい。(何度か失神したとか。)

ジャンプを読み終えて俺は暇になった。ペットボトルに手を伸ばそうとしたが、何も口に入れちゃいけないと言われたのを思いだし、やめる。庭野さんと目が合うと相変わらず「痛い」ばなし。看護婦さんも、

「辛いと思うけど頑張ってね。」

ぐむ。

手術は午後1:00か2:00ぐらいとのことなので、電話で親に伝えると、午後3:00頃来るという。立花さんは昨日からゲームボーイをやりつづけている。(立花さんは手術内容や日程など、俺とほぼ同じだった。)

ついに昼飯の時間がきた。俺は当然食えない。庭野さんの食べっぷりを見ていると腹が減ってくる。何もすることがなく寝そべっていると、もう1:00になっていた。そろそろだ。2:00になった。時間だ。2:30。話しが違う。ついに親が来てしまったではないか。3:00頃になり、ようやく呼ばれた。用を足してから看護室へ来るようにと言われるままに、用を足してから看護室へ。看護婦さんに「じゃあ、そこの車椅子に座っててください。」と言われ、車椅子に座る。

入院前にもらったパンフレットによると、まず麻酔を効きやすくする為に肩に注射。次に手術室で鼻に綿で麻酔。次に注射で麻酔、という麻酔段階を踏むらしい。まずは肩に注射を受けた。これは全然痛くなかった。しかし体質によっては激痛が走るそうで、この手術を受けたことがあるという看護婦さんは、2、3日痛みがおさまらなかったとか。俺はひとまず安心した。この薬でふらつくようになるから俺は車椅子に座らされているようだ。確かにふらついてきた。そして車椅子で5Fへ移動し、「手術控え室」なる部屋で椅子から降ろされて、手術着なる服に着替えさせられた。再び車椅子で「中央手術室」へ移動した。え?こんなすごい部屋で手術するの? 俺は歯医者さんみたいな所で手術するのかと思っていたからびっくりした。中に入るとそこは、ドラマなんかでよく見る本格的な手術室。お医者さんと看護婦さんが3人ずつくらいいた。こえー。

まず左手に点滴が突き刺さり、次に右手には血圧計が装着された。この血圧計は、一定時間経つと自動的に右手を圧迫してくれるハイテクな血圧計だ。機械的に圧迫されてとっても気持ち悪い。もうすでに身動き取れない状態になってしまった。そして胸には心電図のシールを貼り付けられた。

看護婦さん「ライトが1つ壊れてるんで、別のところから持ってきました。ちょっといつもと感じが違うかもしれません。」
N先生「あー。ちょっときついかもなー。まあいいか。」

全然よくありません。「力抜いて。」と言われるんだけど両手を妙なもので拘束されてて何か気が抜けないんだよね。

N先生「じゃあ、麻酔するか。」

N先生は綿に液体(麻酔)をひたして、俺の鼻に近づけてきた。綿の麻酔だから痛いはずはない。
と思っていた。だがしかし、プス。いででで。おいおい、なんか刺さってるじゃん。綿を鼻の中に固定するためなのだろうか。これじゃあ注射と一緒だよ。

N先生は次々と俺の鼻の穴に綿付きの針を刺してゆく。

俺「いたたた。」
N先生「そりゃあ痛いだろうね。だって痛いところに麻酔するんだから。」

ああなるほど。それにしても痛い。手に針を刺すだけでも結構痛いというのに、それが鼻の穴の奥となるとなんとも言えない嫌な感じがプラスされる。こうして俺の鼻には大量の針が突き刺さった。(全部刺さりっぱなし。)

N先生「痛いのは最初だけで、後はさわるだけだからね。」

なるほど。だんだん刺さっても痛くなくなってきた。そして仕上げに鼻の最も奥地にブスリ。

俺「いててて。」
N先生「脳に近い部分は麻酔が効きにくいんだよ。」

え?脳!?嫌なことを言うね。

ん?口の奥から何かが流れ込んできたぞ?口の中がムチャクチャ苦くなってきた。その旨、
N先生に伝えてみると、

N先生「口に麻酔が流れ込んじゃうほど麻酔を打たないと効かないんだよ。」

とのこと。なんだか舌がしびれてきた。

そして仕上げに注射の麻酔。俺の顔には死体みたいに布がかけられてるのだが、その隙間から注射の針が見えてしまった。この針の長さが、鼻の穴から鼻の一番奥までの長さの1.5倍くらいあって、何だか怖い。布はしっかりかけてください。お願いします。その針がいきなり俺の鼻の外側に触れた。チク。

俺「イテ。」
N先生「あっ、ゴメン。触っちゃった。」

わざとやってるのではないかと思ったが、よく考えると長いから制御は難しいよね。注射は全然痛くなかった。(感触は気持ち悪いのだが。)麻酔は効いているようだ。口は相変わらず苦いけど。

こうして俺の鼻の麻酔は完了した。そして遂に手術が始まる。これほど念入りな麻酔をして、俺の鼻はどんな攻撃をされるのだろうか。

第4回

麻酔が効くまで俺はじっと待った。鼻で呼吸をするのはなんとなく嫌だから絶えず口で呼吸をおこなった。なんだか口の中が異常に乾いていて息苦しいぞ。なんだこりゃ。

N先生「さっき肩に注射したやつは、口が乾く効果もあるんだ。」
俺「へー、そうなんですか。」
N先生「よし。これで80%は麻酔が効いたはずだね。」
俺「え?80%?」

80%って、ずいぶん微妙な数字だなあ。

そしてとうとう手術の時間が訪れたようだ。N先生はさっき刺したやつを抜きまくった。痛くないけど気持ち悪い。

N先生「メス!」

おお。出たな。メス。そうか。骨を削るんだからそりゃあ切るよなあ。例によって布の隙間からメスが見えちゃうもんだから、今から何をするのかついつい想像してしまう。痛くはない。痛くはないんだけど、サクサク切る音が聞こえてなんとも気持ち悪い。心電図のピッピッピって音が早くなった。落ちつけ。

あとは左の鼻の穴に対して骨砕き攻撃が始まった。道具名が難しいから何をやってるのかわからないけど、「バキ!」だの「ミシ!」だの「メキメキ!」だの(本当にこういう音)とんでもない音が俺の頭の中に響き渡る。キャー。鼻の骨の音だー。しかもN先生ときたら、「それバキ!」「どうだベキ!」などと自分で音まで口にしている。なんて楽しそうなんだろう、この人は。そして、

N先生「君は軟骨が少ないねえ。」

と、また余計なことを言ってきた。

鼻の奥のほうの骨を刺激されると、目への刺激に変換されて涙が出てくる。だから俺の口の周りを通っている液体も涙だと思っていたんだけど、何か異様に量が多い気がするなあ。

俺「口の周りに何か液体が通るんですが・・・」
N先生「あっ、それは鼻血です。」

何だ。これは鼻血か。自分じゃわからないけど俺は今、大量出血中のようだ。何だかまた気分が悪くなってきた。

N先生「ノミ!」

ノミ?ノミって何だ?大工さんの使うアレじゃあないよなあ。しかし実際には「ノミ」とは大工さんの使うアレだった。頭蓋骨全体が揺さぶられるような衝撃が走る。もう勘弁してくれ。まあ痛くはないんだけど。

次々に俺の鼻の骨が取り出される。こんなに取っちゃって大丈夫なのかなあ。仕上げに奥の骨を取り出す。メキメキメキ。イテ。これ麻酔があんまり効いてないじゃん。あー、これが残りの20%か。それから、よくわからないが「粘膜メス」という道具で右の鼻の粘膜を削られた。これも感触が気持ち悪かった。

どうやらおおかた終わったようだ。時計を見ると、もう2時間ほど経っている。やっと終わりか。

N先生「じゃあ、最後にガーゼ詰めて終わりね。」

ガーゼ?あーガーゼか。どうぞ詰めてください。しかしN先生の取り出したガーゼの長いこと長いこと。詰められたガーゼは鼻の奥にまで到達し、俺の目を刺激した。これを左右に鼻に押しこんだと思ったら、N先生は再びガーゼを取り出した。結局、俺は左右に3~4本のガーゼをねじこめられた。ガーゼは骨がきしむほどパンパンに詰められている。

N先生「実はガーゼが一番辛いんだよ。」

え?そうなの?

どうやら、今は麻酔で痛くないが、麻酔が切れるとこのガーゼのせいで頭がガンガンに痛くなるらしい。でもこれをやらないと、とめどなく鼻血が出るしなあ。なにはともあれ、手術は無事終了した。

第5回

手術が終わった。嵐のようなひとときだった。俺は病室まで車椅子で届けられた。机の上には「流動食」と呼ばれる、液体ばっかりの食料が置いてあった。食べてみたが美味くも何ともない。食欲は全然無かったからちょうどいいといえばちょうどいいけど。朝飯食ってから何も食べてないが、きっと点滴からビュンビュン栄養が注ぎ込まれているだろうから大丈夫だろう。

俺は何をする気もおきず、寝っ転がりっぱなしだった。しかし、頭が痛くて眠りの世界に入ることができなかった。刺さりっぱなしの点滴も気になるし。せっかく保持していたペットボトルも、飲む気力すらない。かといって冷蔵庫にしまう気力もないから、ペットボトルは温まっていった。庭野さんは楽しそうに菓子を食いながらテレビを見て笑っていた。うーむ。うらやましい。立花さんも同じ日に手術をして同じように苦しんでいた。鼻に詰まったガーゼは想像以上に俺の鼻の奥を刺激し、頭痛は時が進むにつれてどんどん激しくなっていった。結局俺は、30分くらいしか眠れなかった。

次の日。俺は検温に起こされた。熱は38.5度。立花さんは39度以上まで上昇していた。昨日流れ出た涙が目の所に固まっていて痛い。立花さんは、

「血の涙が出た。」

と言っていた。聖闘士星矢みたいでかっこいい。

この日も気分は最悪だ。朝飯はおかゆ。昨日よりはましか。庭野さんがいつも痛がっていた「処置」の時間が来た。

先生「ガーゼは明日とります。」

ガーゼをとらないと熱も頭痛もおさまらない。あと24時間も待たなければならない。長いなあ。この日も相変わらず庭野さんは楽しそうだった。

ついにガーゼを抜く日がやってきた。処置に行く前に庭野さんは、

「ガーゼ抜くの、すげ~痛いよ。」

と言ってきた。立花さんも今日ガーゼを抜くようだ。何から何まで一緒だなあ。二人は同時に処置室に呼ばれ、まず立花さんから抜いた。

「う!!」という声が聞こえ、小さな容器を鼻に添えてそばの椅子にもたれこんだ。「うー。うあー。」とうめき声をあげながらうずくまっている。なんかすっごい辛そうだぞ。

いよいよ俺の番だ。次々と俺の鼻からガーゼがひっぱりだされた。痛いし、最悪に気持ち悪い。一本抜くたびにとてつもない量の鼻血が流れ出る。(溜まってたやつ)俺は渡された小さな容器を自らの鼻に添えつつ、やはり立花さんと同様うめき声をあげながらうずくまった。激痛のあまり声をあげずにはいられない。二人で横に並んでうずくまって、うめき声をあげている様はおそらく非常に不気味なものだったと思うが、もちろん俺はそれどころではなかった。でも、あまりにもダラダラと鼻血が出るもんだから

「なんか漫画みたいだなぁ。」

と思った。

つづく。